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【生きづらさを感じているすべての方へ】比較しない生き方



世の中生きづらいなあ。しんどいなあ。

そう感じる方が最近増えているような気がします。


人間関係然り、仕事然り、悩みの種は千差万別でしょうが、

常にストレスを感じ、心に闇を抱えたまま生きる…。


“「繊細さん」の本”のヒットをはじめ、生きにくさにフォーカスしたコンテンツの流行も、

よく考えたら喜べる状況じゃないですよね。


この記事もそんな“生きにくさ”をコンテンツにしているので大声では言えませんが、

そんな生きづらさを感じる人にとって少しでもお役に立てるようこの記事を書きます。


もちろん生き方に正解なんてありませんので、

あくまで考え方の一つとしてとらえていただけますと幸いです。


比較をしていないか

人は無意識のうちに“比較“をして生きています。

物事の得意・苦手なんてのは、いつだって誰かとの比較から生まれるわけですから。


別に、その考え方が間違っているわけではありません。

むしろ、比較によって人類は発展してきたといっても過言ではないでしょう。


でも、自身の価値観の基準を“比較”に置いてしまうと、そこから生きづらさが生じます。


他人よりもうまく仕事ができない自分には価値がないのか。

他人とうまく付き合えない自分には生きるのが向いていないのか。


そんなことは絶対にないはずです。

まずは自身の価値観を“他人との比較”に置いていないか、思い返してみてください。


普通を疑ってみる

そもそも、あなたにとっての“生きやすさ”とは何でしょうか。

社会的に成功し、金銭にも人間関係にも困らず、自分の好きなことだけをして生きることでしょうか。


おそらく、多くの方はストレスなく“普通”に生きることだと思います。

ちなみに、私もずっとそう思っていました。


ですが、この“普通”という概念が、あなたを苦しめていませんか?


多くの方が思い描く“普通”の人生とは、勉強をしていい学校を卒業し、いい企業に就職し、

年頃になったら結婚をして家庭を持ち、子や孫に見守られて天に召される、そんな感じだと思います。


ですが、それって万人が適応できるものではないんですよね。

要するに、決して“普通“ではないのです。


それなのに、勝手に自分の思う“普通”を基準にして、自身の状況と比較してしまうのです。

普通になるために努力し、普通になるために本来の自分を歪めてしまう…。

そんな負のスパイラルに閉じ込められた結果が、“生きにくさ”なのかもしれません。


ということで、普通と比較するのをやめませんか。というのが本記事の主旨です。


普通でないと浮いてしまうとか、嫌われてしまうと思うかもしれません。

ですが、普通と比較することにそもそも何の意味があるのでしょうか。


世の中に正解なんてありません。

それにもかかわらず、“普通”が正解ないし及第点と思っている方が多いのではないでしょうか。


“普通”はあくまで誰かと比較した際の、相対的なものです。

そこから外れることは別に不正解でも悪でもなんでもありません。


自分を無理に矯正して生きにくさを感じているのって、馬鹿らしくないですか。

本当にその生き方を一生続けていくんですか、と自問してみてください。


“普通”という名の呪いに気づくことができたら、そこから生き方を考えましょう。


普通との比較から卒業する

ここまでで、“普通との比較”によって生きにくさを感じていることに気づいたと思います。

であれば、そもそもこの考え方を変えれば、生きづらさから解放されるはずです。


仕事ができず常に失敗ばかり→その仕事が“普通の人”よりも苦手

人間関係がうまくいかない→“普通の人”よりも人づきあいが苦手

無意識に、自分で勝手に作り上げた“普通像”と比較し、優劣をつけているのです。


ただ、そんな考え方になってしまったのはあなたのせいではありません。

“普通”を正義とし、“普通”でないものを排除する日本の文化や教育の問題です。

ここら辺は語ると長くなるので、別の機会で改めてお話します。


幼いころから身に着い(てしまっ)た比較に基づく考え方を変えるのは難しいです。

でも、そんな考え方を少しずつでも変えることができたら、もっと皆が生きやすい世の中になるのではないでしょうか。


そんな感じで、この記事を閉めます。


生きづらさを抱える人間が一人でも減りますように。

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